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help リーダーに追加 RSS アフガンとあの当時を思い出させてくれた集会

<<   作成日時 : 2008/10/12 11:37   >>

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昨日の「これ以上アフガニスタンを忘れないために」の集会に参加した。
7、80人ほどの参加者があったかと思う。テーブルにつけるのは40人前後だったため、半数以上は追加された椅子に座るか立って集会に参加されていた。
宝塚アフガニスタン友好協会の西垣さんの今までの活動報告とアフガンへの思いを、スライドで紹介された後、前田朗さんの司会で毎日新聞の山成孝治さん、京都大学大学院准教授でパレスチナ問題を扱っておられる岡真理さん、大阪女学院大学准教授の奥本京子さん、西垣さんがパネラーとなってシンポジウム形式で対話が行われた。

特に岡真理さんは、アフガニスタン国際戦犯民衆法廷(以下「ICTA」)京都公聴会で、証言者のお一人に加わってもらおうとスタッフが協議し、コンタクトをとったが、結局断られていた。
理由はひにち的なことだったかと思うが、アフガンとはかかわりがないということだったように思う。
しかし、アフガンとパレスチナ問題は全く関係がないことはない。当時裁判で言及したかったことは、アメリカによる侵攻であり、パレスチナ問題を引き起こしているイスラエルを支援している国アメリカということでは共通点があった。
たぶん、先生自身がアフガンとあまりかかわっていないということだっただろうと思う。
しかし、私たちはアフガンを中心にパレスチナ問題やイラク問題についても学習していった。
全てがすべてでない。
私がアフガンに行けていないことやアフガンの文化、日常にも程遠いところから眺めている点ですべてではないにしろ…。

しかし、昨日の岡先生は、「かかわりがない」という当時の言葉は私が聞き間違えていたかと思うほど(そうだ、たぶん聞き間違えていたのだ)、アフガンの実情をよく知っておられた。
その中で映画「カンダハール」とその映画監督の著書「アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない、恥辱のあまり崩れ落ちたのだ」(現代企画室)を取り上げられていた。
その話で一気に私は2002年に引き戻された。
この映画を見、本も読んだからだ。
監督は映画と著書でもって全世界に「アフガンの悲劇」を注視させようとしていた。
映画の公開と著書の発刊が911とその後のアフガン侵攻に重なり、映画や著書という文化活動(パネリストは「アート」と言った)での指摘ではなく、社会的な事件によってアフガンは注目されてしまった。
岡先生はテレビや映画、ラジオという文化と情報面からアフガン人の多くはタリバン政権によって遮断されていたから、911の事件すらアフガン人の多くは知らなかったと発言していた。
この事件を、アフガン侵攻をするプロセスを、入管の中のテレビで見ていた人はいた。
アフガン人はアフガンの外の、イスラムの国でないところでアフガンの様子をよく知っていた。

私が在日難民の存在を知ったのは、2002年だった。
西日本入管に収容されていた10人余りのアフガン人が全員仮放免されるまで、おおよそ1年〜1年半かかっており、私はその間の3、4か月ほど面会に行った。
仮放免後も裁判をしている人の裁判の傍聴に行ったりもした。
と、同時に前述のICTAにもかかわり、主に京都公聴会の準備をお手伝いさせていただいた。
ICTAは2003年3月に最終公判があり、ブッシュとブレアに有罪判決が下りている。
京都公聴会の前前の公聴会、兵庫公聴会の前に実父が亡くなって参加できなくなり、その後の大阪公聴会に参加でき、準備していた京都公聴会には実父の法事と重なってしまい、行けなくなったことまで思いだした。
私は難民問題と入管問題だけでなく、日本の人権的な制度や、アフガンのこともきっかけがアフガン難民からだったことを思い出した。

あの頃、アフガン問題を中心にアフガンのこと、自分からあれだけ学習したことはない。
在日難民の多くは難民認定でない在留許可をもらうようになったけど、それでも多くの人がアフガンや隣国にいる家族をなかなか日本に呼べないでいる。
そして、忘れ去られたようにまだ認定も在留資格もないアフガン人がいる。
彼らが自分の地位を確立し、ビルマ人たちのように「私の祖国はこのようになっている」と私たちに教えてくれるほどになるまでまだどれだけの時間がかかるだろう。
なかなか難民として認めてくれない日本だが、宗教に関して全くシビアでないこの国の感覚を吸収して、どんな宗教や民族であっても「人間として」認めてくれるアフガンにならなければ、彼らは帰らないだろう。
また、帰り得ない。
帰ることが出来ない彼らが日本にとどまる限り私はアフガンを忘れ去ることができないだろうし、日本の社会が平和で豊かでそのことを世界に向け発信できるようにならない限り、私も安心することが出来ないだろうと思える。
そうだ、不安だから、自分で考え、仲間とともに確かめ合い、行動するのだと思う。

そんないろんなことをまたまた思い出させてくれた集会であった。
私の行動の原点に立ち戻らさせてくれた気がする。

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