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zoom RSS 千葉法務大臣の死刑執行に思う・その2

<<   作成日時 : 2010/07/31 15:13   >>

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仕事が終わったら、「あれもやろう、これもしておかなきゃ」と思うのだが、いざ仕事が終わると、休憩中に爆睡してしまう。
その後のからだの状態があまりによくない。
暑さと疲れでバテバテになるのはいやだから(明日も仕事あるしさ)と、パソコンも本も開けないことが多い。
予定していたことなどすっかり忘れ、一日の終わりに思い出しちゃう。
「あ、あれしようと思っていたのに!」
だけど、「もう仕方ない、明日絶対しよう」とは思わない。
思わなくなってしまった…。

今日の仕事はたまたま昨日で終わってしまって、仕事自体が全くない。
だけど、お金もない。
今までためておいたのはお金じゃなくて「あれしよう、これもしなきゃ」。

ということでちら見で終わってしまっていた「千葉法務大臣の死刑執行に思う」(http://carlan.at.webry.info/201007/article_11.html)。
今日は保坂のぶとさんのブログから「「死刑廃止の信念変わらぬ」で「死刑執行」とは」(http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/f5d9d3b470adf6ec4b5491150652a748)、池田香代子さんのブログから「法相が見るための死刑執行」(http://blog.livedoor.jp/ikedakayoko/archives/51451125.html)を読ませていただき、また、当日の京都新聞の解説も読んだ。

まあ、私なんかより数段に千葉さんに近い存在である保坂さんでも、千葉さんの真意をはかりかねているし、千葉さんがこれからやろう(というか、法務省にやってほしいのかな)としている「勉強会」や、刑場の公開、議論をしてほしいということが、どういう方向に進んでいくのか?と懸念されている。
池田さんは、いろんな思いが私と似通っているところがあり、ちゃんと文章にしてくださっている。
そして、お二人の「信念よりも法務大臣としての職務、職責を最優先した」という見方は、京都新聞の解説記事でも同様に見ている。

選挙にはたまたま落選という結果になったが、彼女は死刑廃止議連からすでに脱退していて、死刑執行命令の仕事をどう進めるか自分なりに結論したのだろうが、このこと自体が選挙の結果として結び付いていないか?と思わないでもない。
刑場が公開され、立ち会った千葉さんの感想がどこかで公開され、議論が公開され、…。
公開されることは一歩前進かなと思うのだけど、なんかうまく言えないけど、抵抗を感じるというか、違和感を感じる。

やはり一時的であるにせよ、千葉さん自身が「死刑廃止」という考えを持っていたことだ。
おそらくだれもがこんな形で死刑執行する人だとは考えなかったのではないか。
死刑執行や廃止についての勉強会は、千葉さんが死刑執行をしなくても、設けることは十分できたと思う。
法務省の色々な職務があって、いろいろと大変だろうが、自分の信念でやろうと思えばいくらでもできたのではないかと思える。
死刑執行だって「私は死刑廃止論者だったからハンコは押せません」でとりあえず回避できたのではないか。
現に歴代の法務大臣だってそういう人はいたよね。
まあ中には任期が短くてハンコ押す暇なかった人もいたようだけど。
千葉さんはできることを全部してみたのかが、私にはやはり見えない。
法務省の官僚が「ハンコ押して」としつこくて仕方なく、それでも「立ち会うわよ。刑場を公開するわよ」などと交換条件みたいな取引だったのであれば、私も「もう、法務省は!」と非難の矛先も違ってくると思えるのだ。

法務省も刑の執行をやる役所なんだから仕方ないかもしれないけど、長年やってきてたとえば「もうどこも刑務所いっぱい」 → 「死刑確定者の刑執行を」というロジックではなく、犯罪を減らす・少なくすることをもっと論議すればいいと思える。
これには、法務省だけが努力したってできないことだし、それこそ国挙げて、省庁を横断縦断して取り組まなければならなくなってくるが、普通の人を加害者にしてしまう社会を改善することは、それこそ住みやすい日本、治安が行き届いた日本ということになるのではないか。


私は一概に死刑廃止論者でもないが、まあ、死刑はないほうがいいかなと思っている。

人を殺して自分が死刑になればいいと思っている加害者には、残された被害者遺族や被害者の友人知人の思いを全く理解しないまま死刑によって死んでいくのは、被害者遺族や関係者にとってどうなん?という思いがある。
端的に死刑があって犯罪が少なくなるということは全くないとも思うし。
事件や人々の関係を国が刑によって断ち切って、はい、この事件はおしまいと言われたとしても、被害者のほうではすんなりおしまいにできないのじゃないかと思う。
つまり、被害者と加害者が事件の関係性をわかり合えれば、また加害者がそれを十分理解してどのように罪を償うべきかを考える、考えさせる時間がもっと必要であると思う。
国がやることはそれをやる時間を刑期とするようにはできないのかなと思うのだ。
いや、これは殺人とか、死刑対象の犯罪だけでなくて、犯罪そのものにかかるって思うんだけど。

まあ、法務省は「基準」というものを考え、大臣にハンコ押させる。
だれがみても納得できる形を取ろうとしているんだろうけど、裁判員裁判を経験した人なら「そんな一律の話ではない」と思うだろう。
事件ってみんな違うから。

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