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zoom RSS 少子化問題も高齢化問題もどう対応するかは国の施策だ 「保育園落ちた」

<<   作成日時 : 2016/03/05 15:17   >>

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「保育園落ちた」のブログが話題になっているそうな。

この話題をテレビでたまたまかかっていたバラエティ番組で知った。
最初、意味が分からなかった。
保育園のどこからこの人が落ちたのだろう?
落下してなんで「日本死ね」なんだろう?
あまりテレビを心底真剣に見てない証拠!なんだが、衝撃的な言葉に「なんだぁ?これ」という思いになったが、すぐに保育所待機児童の専門家というのが解説を初めてようやく少子化問題かと思った。

なるほど! 少子化問題を我がことのように捉えるとこういう表現になるんだ。
短い文章(というか単語の羅列っぽい)なのでTwitterかと思ったがブログだそうだ。

この人の怒りを、私は理解することがほぼできる。
近所はおろか、親戚中を見回しても保育所に通わそうとするママさんがいない。
もう、これだけでも少子高齢化の象徴みたいなもんだが。
(あ、親戚では何家族かいたが、保育所に行く環境じゃないんだな)

このブログの内容に関して、安倍首相は「誰が書いたか、実際起こっていることか確認のしようがない」というふうに逃げた。
そうだ、逃げているのだ。
安倍首相の頭には、「少子化をなくすには女性に頑張って産んでもらうしかない」という理屈があり、それと「女性が活躍する社会」とは別物のようだ。
産んで育てることは女性の仕事のように思っているフシがあるが、女性が子どものすべてを抱え込むのは女性にとっても子どもにとっても大変で不幸なことである。
では、家族で育てる…ことは基本であると思うが、それでも社会とかかわらずに育てることはまず無理である。
子どもを育てるのは、社会である。
女性、すなわちママも社会の中に生きている。
パパも、社会の中に生きている。
ジジもババも、リタイアしていても社会の中で生きている。
誰かが誰かの子どもであり、ママであり、パパであり、ジジやババである。
家族を構成するだけでなく、会社を運営するのも、その会社に働くのも、たとえ政権を担うことになっても、誰かの子どもであり、誰かのママであり、パパであり、ジジやババである。

この中で問題があるのなら、ほかのママやパパ、ジジやババが助けないと子どもは育てられない。

しかし、安倍政権は子どもは女性が産み育てるものであるという思いがあるから、それに乗っかって行政が動き、会社など企業が動き、女性はそれにそって動くとしたら、子どもを産み育てるために働き方を考えなければならない。
そうしたことをママになった女性に全部押し付けているのではないか。

待機児童が多くなったことは、それだけ女性が活躍する機会を奪っているわけだということがなぜわからないのだろうか。

保育所問題もそれだけでなく、いろいろな問題が派生している。
保育士がいないこと。
保育士の給料が少ないこと。
重労働であること。
園児が増えたり、新設されたりするのを地域住民が拒否していること(これ、驚くねえ)。


ありゃ。
これは、介護の現場の問題と同じではないか。

この社会は、赤ん坊や子どもを拒否し、高齢者や障がい者を忌避している…?

みんなが通ってきた赤ん坊や子どもの時代。
そして多くの人が迎えようとする高齢者の世界。
それと絶対ならないとは限らない障がいのある生活。
自分もそうだし、身近にいる人もそう。
誰かが誰かのサポートをする時代がやってくる。

ああ、サポートできてよかった、うんサポートしてもらえて助かった。
そんなことは日本では…もうないのか…も。

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